「相笠くん、今日は元気ないのね。」
「うん...。だって、百合子先生、影さんがいないんだもん。」
「えっ?」
「どうしていないの...?」
「ふふっ。それはね、お日様が出ていないから。」
「お日様がいないと、影さんもいないの?」
「そうよ、相笠くん。さ、遊びましょ。」
...っ!
...夢か...。
最近、この夢を見ることが良くある。
そう、あれは幼稚園の頃だった。オレは、一つのことに気付いたんだ。「影がないと、なんだか気分が晴れない」ということに。なんでなのかはわからなかった。とにかく、そのことに気付いただけだった。
そして、小学校高学年...、そう、確か6年生のときだ。そのとき、初めてわかった。光がなくては、影はできない。つまり、曇りでは影はできず、晴れならば影ができる。そして、空が曇りだと、気持ちまで曇るということ。空が晴れだと、気持ちも晴れるということ。だから、影の有無が、気持ちと関係するんだと...。
はぁ、今日は曇りか...。気が重いなぁ。
「...いがさ。相笠。相笠ぁ〜。出席番号2番、相笠光治っ。」
「は、はぃ。」
「お前、何ぼーっとしてるんだ。だいたいなぁ、お前の成績が良いなら、何も言わん。だが、この前のテストを見ろ...。お世辞にも良いとはいえないぞ。ほら、お前の番だ。128ページの4行目、読め...。」
昨日の夜も、またあの夢を見た。
空は晴れ、快晴だ。なのに、なぜだろう...。
「おはよう...。」
いつものがらんとした教室に入る。いつも通り誰もいない教室。今日は何しようかな...。珍しく宿題もやってきたし...。
「おはよう、相笠くんっ...。」
今なんか声がしたような...。寝不足かなぁ。
「返事くらいしてよね。」
「えっ? あ、あぁ、おはよう。早いんだね、保崎さん。どうしたの?」
「ふふっ、どうしたの、その顔? 慌てちゃって。ま、いいけどさ。相笠くんこそ早いじゃない。」
「イヤ、僕はいつも通りだけど...。」
オレの隣の席の保崎緋女香さん。成績優秀、容姿端麗、おしとやかなお嬢様といった感じ。そのせいもあるのだろうか、隣の席にいながら話したことなどほとんどない。と、いうよりも、保崎さん自体、誰とも多くを話さない人。やはりその辺も含めて、お嬢様という感じがするのかもしれない。
「へぇ、いつもこんなに早く来てるんだ。でも、こんなに早く来てどうするの...?」
「それはねぇ...。」
あれ、オレはいつも何をしているんだろう。別に、大したこともしていないんだけれど。大抵は、宿題なんかをしているかなぁ。でも、そのためにこんなに早く来ているのかと聞かれると...。
「ま、落ち着いて。誰もいないと思って来て、私がいたんじゃ、それは慌てるよね。そうそう、私は教科書を学校に置いて帰っちゃって。気付いたのが夜中だったし、仕方ないから今朝早く来て宿題をやっているわけ。こうして、1時間以上も早く来てね。」
「偉いなぁ...。オレなんか、持って帰ってもやってこないのに。」
「そっかぁ。やっぱりねぇ...。」
そんな、納得しなくても良いじゃないか...。そりゃ、オレは勉強もできないし、授業中も上の空だけど...。一応、罪悪感も多少はあるわけだし...。
「...宿題、見せてもらおうかと思ったんだけど...。」
「あ、なんだ、そういうことか。今日はやってきたよ、珍しく。はい、これ。」
「ホント? ありがとう...。これ、結構時間かかったんじゃない? 寝むい中やっても、全然進まなくて困ってたの...。」
「ありがとう。おかげで助かっちゃった。ふぅ、まだ始まるまで40分くらいあるね。」
「そうだね。言われてみると、いつも何やってるのかな、オレ...。一応、宿題なんかを片づけているんだろうけど...。」
「ねぇ、相笠くん。最近ぼーっとしていること多いみたいだけど、大丈夫?」
へ? なんですか、急に。
「ごめんね、こんなこと急に言っても、驚くよね。」
きっと、オレはポカンとした顔だったのだろう。
「い、いやぁ、別に...。」
「今日、宿題を見せてくれたお礼。悩み事があるなら、占ってあげるね。」
そういうと、彼女はどこからかタロットカードを取り出した。
慣れた手つきでカードを切る。傷一つない、真っ白な手。すらりとのびる綺麗な指。何か、人を寄せ付けないような雰囲気がある。
「ふふっ、驚いたでしょ? 普段の私、ほとんど話さないもんね。どうして話さないかわかったでしょ? ちょっと変わっているのかもしれない...。最近になって、やっとわかった。小学校、中学校とどうして友達が出来なかったのか。だから、今は誰とも話さない。嫌われるのがイヤだから。...でも、相笠くんは、そんな人じゃないような気がするの。なんか、私と同じって言うか。あっ、全然、悪い意味とかじゃなくて。なんか、困っていそうだから。」
そうか...。これだけ完璧な容姿だと、周りが話しづらいのも当然なのかな、と思っていたけど、そうではなかったんだ。保崎さん自身が、周りから避けていた。
「どうしたの? 黙っちゃって。そんなに私が話すの珍しい? まぁ、そうかもしれないね。」
「そんなことないけどさ。なんか、凄いな...って思っちゃって。」
「何が凄いの? 人を避けていることが? そんなこと、凄くも何ともないよ。心の中で『誰とも話したくない』って思っていれば、自然とこうなっちゃうの、不思議なことに。」
「ごめん、別に、そういうことを言いたかったんじゃないんだけど...。」
「気にしないで。何となくわかるからさ。ねぇ、ところで、最近困っていることとか、変わった出来事とかない? 占ってあげるからね。」
「ん〜...。」
変わった出来事...。
バカにされるかもしれないが、それは一つだけ。そう、あのこと一つだけ。ここに来て、急によく見るようになった夢...。
「正直に言ってよ。私が誰にも言わないことくらい、わかってるでしょ?」
オレは正直に、全て話した。
なぜか不思議と話す気になった。
ここ最近の夢のこと、昔のこと、全てを。
「...ん...。」
「どう?」
「...結果から言うと、何か大切なものが足りない、と言ったところかしら。」
「大切なもの?」
「そう、何か、大切なもの。」
「...どういうこと?」
「ねぇ、影を作るためには、何が必要か知ってる?」
「あぁ。光でしょ。」
「そうね、さっきもそう言ってたもんね。その通りよ。でも、それだけじゃ影は出来ないの。」
「えっ? 他に...、何が必要なの?」
「それはね、影の実体と、影を映すものよ。」
「...どういうこと?」
「もう、ダメなんだから。要するに、もし、そうね...。そう、このボールペンを例にしてみましょ。このボールペンの影を作るためには、まず、この『ボールペン』、『光』、そしてこの『机』が必要でしょ? それぞれ、『実体』、『光』、そして『影を映すもの』。」
「あぁ、そういうことかぁ。」
うん、確かにそうだ。今オレのカバンの影がそこにある。確かに、実体と光、影を映すものがあるな。これには気付かなかったなぁ。ずっと「影には光が必要」としか思わなかったからなのか、どうなのかわからないけど。
「おそらく、...相笠くん、相笠くんにはこのうちの何かが足りないんだと思うの。何かが足りなくて、影が出来ないのよ。」
何かが足りない...。オレには実体もあるし、影を映す場所もある。光も...、ある。いったい何が足りないと言うんだ。足りないものなんかないはずだぞ。
「それが何かはわからない。でも、きっと見つかると思う。私も応援するね。なんか、他人事とは思えないんだもの。」
「あ、あぁ。でも、どうやって見つけるの?」
「占いでは、そこまではわからないの。でも、見つかるってことはわかるの。」
「占いで?」
「違うかな...。私の直感。」
「そう...。どうしたらいいのかな...。」
正直なところだった。
何をしたら良いのか、どうしたら見つかるのか、とんと見当がつかない。
そうしているうちに、早いもので時間は過ぎていた。
クラスメイトがぼちぼち教室に入ってくる。すると、自然と保崎さんとも言葉を交わすことがなくなってしまった。
今日も授業が終わった。
と、いっても、学期末で、授業は半日。明後日からは夏休みだ。そのせいか、周りは何となくにぎやか。
「相笠、じゃ、また明日な。」
「それじゃぁね〜。」
「あ、うん。また明日ぁ。」
ホント、にぎやかだな。
「...相笠くん。ねぇ、これ。相笠くんってばぁ。」
え? な、何?
「それじゃ、さようなら。」
保崎さんはオレに何か手渡すと、走って帰っていった。
なんだろう、これ。手紙? いったい何が...。
渡された手紙の内容は、僅かだった。はぁ、そうですか。北へ行けとな。これが占いで出た答え、と言われましても...。その上「これ以上のこと、私には何もわからないの」だって。オレにはこれ以上どころか、何もわからないよ...。
昨日もまた夢を見た。あの夢を見た。
今日は終業式。さすがに、普段以上に学校はガラガラ。授業もない日に、こうやって朝早く来るようなヤツがいるわけないよな。保崎さんがひょっとしたら、と思って来たけど、いるわけないよな。
「おはよ...。」
返ってくる声はない。
そっか...。どこかで少し、イヤ、かなり期待していたのか、オレはため息をつく。
結局、1時間以上も保崎さんの手紙のことを考えて、始業のチャイムが鳴るのを待った。
「北に何かがある。きっと大切な何かが。」
何があるんだよ、教えてくれよ。お願いだから、ねぇ、保崎さん。
「おっ、相変わらず早ぇなぁ。ま、それもひとまず今日でおしまいだな。」
「そうだなぁ、夏休みだもんね。」
あ〜ぁ、とうとう、笑顔を作るのにも疲れるようになっちゃったな。手紙のこと、足りないもののことが気になって仕方がない。でも、考えるたびに疲れるような気がする。答えから遠のいていくような気がするんだ。ホントに、どうしたらいいんだよ...。
終業式も終えて、あとは教室でホームルームを残すのみ。もうすぐ、高校2年の1学期が終わろうとしている。
「相笠。おい、相笠ぁ〜。通知票、欲しくないのか? なんだったら捨ててやるぞ。」
「は、はいっ。すみません。」
「相笠ちゃん、いくら成績が悪くても、いつかは見なくちゃならないんだからさぁ。」
「そうそう、それなら早めに見て、ハッピーな夏休みを過ごそうじゃないの。」
「バカ野郎。お前らも人のこと言えた成績じゃないだろうが。」
「いいんですってば、ほら、人間の価値は成績じゃ決まりませんから。」
「そうっすよ、先生。良い見本が、そこにもいますし...っていうのは言っていないことにしましょうね。まさか、先生だなんて、そんなねぇ。人間的に崩れているなんて、口が裂けても言っちゃっているみたいですけどね...、はははは...。」
「広田、あとで職員室来い。やはり、面談が必要なようだな。」
「生徒指導の先生、美人女教師に変えてからにしましょ?」
「親も呼び出しだな...。」
「あぁ〜、すみません、勘弁してくださいよぉ。」
ふぅ、もうすぐ終わり。帰り際、保崎さんに...
「保崎。保崎はいないのか。」
あれっ? 保崎さん、来てないや。どうしたんだろ...。
「あのぉ、先生。保崎さん、どうしたんですか?」
「んなことは、オレが知りたい。お前、知らんのか。」
「おいおい、相笠くん。君みたいな出来損ないが、保崎を気にとめようなんて、まずいんじゃないのぉ〜。」
「い、イヤ、別に...。まぁ、多少はその気もなくはないけどさぁ...。」
「人生、高望みはいけないよ、相笠くん。」
「ほぉら、うるさいぞ...」
このとき、オレの中で一つのことが決まった。
北へ行ってやろうじゃないか、北へ。明日、朝すぐに。
7月21日。
午前9時38分。
上を見れば、青と白のコントラストが綺麗な空。
下を見れば、照り返しのきついアスファルト。
行くことにした。
とはいえ、相笠光治、この16年間というもの関東を出たことがない。
とりあえず時刻表の路線図を眺めたところ、まず乗るべき電車は見当がついた。お金の方は、手持ちで3万円強。キャッシュカードが一枚。この口座に、10万くらいはあるはずだ。こういうときになってみると、もう少し貯めておけば良かったな...とも思う。が、今更思っても遅いのが悲しいところだな。
とにかく、目的の電車に乗った。
さて、オレはこれからどうすれば良いんだ? いくらなんでも「北へ」というだけじゃまずい。まず、何より問題なのが夜。今の財布と相談するに、「ホテルに泊まる」なんていう甘い考えが通りそうもないな。ん...、野宿。夏だから、凍え死んだりすることはないだろうが...。ん...。あぁ〜、もう、いいっ。そのときになったら考えればいいんだよ。
「それはね、影の実体と、影を映すものよ。」
どちらかがオレに足りない。
小学生の頃、曇りの日は気が重い理由に気付いた。
気付いたときは、毎日気が重かった。幸か不幸か、毎日が受験勉強だったから。そんな中...。あれ、どうして幼稚園のころのことなんて...。よく考えてみればそうだ。なんで、あのとき、幼稚園のころのことなんて考えたんだろう...。まぁ、今だってそれを考えて悩んでいるんだから、不思議でもないか。それとも、今も不思議なのかな。はぁ、眠くなってきちゃったな...。
ふぁ〜あ。
結局寝ちゃったな...。
今どこだろ...。
んぁ? 次、終点だって? って、なんか、景色が違う...。ずいぶんとまぁ、田舎まで来ちゃったなぁ。もうお昼もとっくに回っている。腹も減ったし、ちょうど良い。降りて何か食べるとするかな。まぁ、降りるしかないんだけど...。
思ったより人はいる。
田舎だからってバカにしちゃいけないな。
次に乗る電車の時刻を確認して...。運が良いなぁ。この田舎で、すぐに次のが来るよ。ん〜、わざわざ駅を出て食べる時間もなさそうだし、乗っちゃおうかな、このまま。
次の終点まではどのくらいかな...。乗って早々、そんなことを考える。
ふと顔を上げると、目の前に女の子が二人。セーラー服を着ている。オレと同い年くらいだろうか。
「あのぉ、ここ、構いませんか?」
「ぁ、はい、どうぞ。」
朝から思っていたのだが、不思議な電車なんだよ、これが。
座席が、向かい合うように作ってある。真ん中にテーブルをおいたら、食堂車にでもなりそうな感じだ。だから、空いている席に座るときも、向かいの人を意識しなくちゃいけない...。なぁんか、やっぱり不思議だな...。
「...ほらぁ、未亜ぁ、こんな所で泣かないでよぉ。」
「...っ、だって...っ...。」
「いいのよ、そんなの気にしない方が。」
「...利子、ひどい...。気にするななんて...。」
おいおい、何やってるんだ。凄く気になるぞ...。なんだぁ〜?
っていう感じで、対面式の座席は、とても向かいが気になる。そう、座席が悪いんだ、聞き耳たてても、オレは悪くない...。と、思う...。
「未亜くらい可愛ければ、他に男なんて腐るほどいるってばさぁ。」
「...ヤだもん...。」
ははぁ〜ん。フられたわけだな、この未亜っていう子は。
んなもん、笑い話にしちゃえば楽なものを...。楽な...。
そうだ、思い出した。
なんで小学生のとき、あんなことを考えたのか。
当時、オレは典型的なイジメられっこのような性格だった。小学生としては数少ない受験生である。当然、成績は常に上位だった。だが、体育はからきしダメで、弱虫という性格。何をやるにも、なんというか、積極性に欠けるといった感じで。そんなオレは、当然、毎日イジメられているような生活だった。そんな中で、おそらく考えたんだろう。気が軽くなる方法を。
そして、私立中学に合格したオレは、全てが新しい環境下で中学生活をスタートさせる。そのとき決めたんだ。絶対に泣かない。絶対に落ち込まない。いつも笑っていよう。辛いかもしれないと思ったが、実際にやってみれば大したことはなかった。イジメられる生活に比べれば、ずっと楽だった。ずっと笑っているだけで、笑っているだけで友達が出来る。友達と話せる...。そう思って...。
あれ以来、泣いたことはなかった...。目の前にいる女の子のように、泣くことなんてしなかった。弱さを見せるようなこともしなかった。感情を見せるようなことは、決してしなかった。いつも笑っていた、笑うようにした。
...。笑えないな、なんでだろ。向かいの女の子が泣いているからかな...。
笑う必要がないからかな...。笑う必要...。なんだろ、それ。友達といるため、...かな。他人といるんだ、多少の我慢は必要。笑うことが必要。...なのかな。でも、今は誰もいない。だから笑えない...。
「...ほら、降りるんだよ、ここで。」
「...未亜、このままどこか行っちゃおうかな...。」
「未亜ぁ、バカなこと言ってないで、ほらっ。」
「...っ、バカじゃないも...ん...っ。」
...はは、何をわけわからないこと言っているんだろ...。
なんでもないよな。あ、向かいの子たち、降りちゃった...。
「...あの、こちら、構いませんか。」
「ぇぇ、あ、どうぞ。」
綺麗な人だ。少し年上くらいだろうか...。すらりとした身体に、真っ白な肌。綺麗な黒いロングヘアー。ダークグレーのスーツがよく似合う。
「この辺の人じゃないんですね。」
...へ? 話、かけてるんですか?
彼女は微笑んでこちらを見る。
「っぇ、えぇ、一応、東京に住んでいます。」
「綺麗な言葉を話すもんね。」
「...あなたも、そうじゃないんですか?」
「私は最近こっちの方に越してきたの。だからよ。あ、そうそう、私、並木優香里っていうの。よろしくね。」
「は、はぁ。どうぞよろしく...。」
「んもぉ、お名前は?」
「ぁ、相笠光治です...。」
「光治くんか、よろしくね。」
「...は、はぁ...。」
初対面。しかも、車中の僅かな時間しか一緒にいられないことがわかっている。それなのに、こんなに話しかけてくるなんて...。なんか、変わった人だな...。でも、凄い美人だよな...。
「...ふふっ、きっと、私のことを『なんで話しかけるんだろ、変わった人だな』と思っているんでしょ?」
「っえ、そ、そんな...。」
「いいのよ、別に。変わった人だから...。ところで、光治くん、あなたはどこまで行くの?」
「とりあえず、終点まで...。」
としか言えない。目的地があるわけじゃないから...。
「当分、一緒ね。ねぇ、何もしないっていうのもおもしろくないじゃない? 光治くん、占い、好き?」
嫌いです。イヤ、正確に言うと、嫌いというより、これ以上悩まされたくないかな...。もちろん、保崎さんのことを悪く言っているんじゃない。でも、もう、これ以上悩みたくないというのが本音だ...。
「え、まぁ...。」
が、こう答えてしまう。しかも笑顔で。相手が美人だからか?
「それじゃぁ、あなたがなんでここにいるのか、当ててあげるわ。」
「へっ?」
いつの間にやら、どこからともなくタロットカードを取り出す。どこかで見たような...。そう、保崎さんの手つきとそっくり。そういえば、保崎さんも突然話しかけては、突然占いを始めたっけ...。
「...悩みを解決するため。当たっていたら、悩みを教えて。力になりたいわ。」
...夢であってくれ。
気付かれないように、自分の足をつねってみる。痛いです。夢じゃありません。神様、助けてください...。
「ねぇ、光治くん。占いっていうのはね、半分以上が直感なの。要するに、良く当たる占い師はね、優れた直感の持ち主、ということなのかもしれないわ。そういう人の前で、今の光治くんみたいな曖昧な態度取ると、どうなると思う?」
「...当たってます...。」
「ふふ、やっぱりね。それじゃ、約束ね。」
仕方なく、オレはこの見ず知らずの女の人に話した。
仕方なく、じゃないかもしれない。美人だったし。
夢のこと。昔のこと。さっき気付いた、小学生のときのこと。
全て、話した。
話していて、さほどイヤではなかった。
「そう...。私に劣るとも勝らない占い師さんがいたとはね。ふふっ、それじゃぁ、私もその保崎さんと似ているって思うはずよ。ひょっとしたら、私も同じかもしれないわ。占いなんかやっていると、周りの人に敬遠されがちなところってあるから。」
「へぇ...。」
こんな美人なのに。保崎さんもそうだ...。
「あなたって、以外と鈍いのね。女の子に嫌われるわよ、そういうの。」
へっ? 何かおっしゃいましたか? そんな急に、しかも、見ず知らずの人に...。何のことだか、さっぱりわからないのですが...。
「光治くん、あなたはこういうこと言われて、イヤじゃないの? なんか笑ってるけど。」
「っえ?」
「イヤじゃないの、って聞いてるの。見ず知らずの人に、急にこんなことを言われて、イヤじゃないの?」
「...それは...。」
それは...。
「私、保崎さんっていうこと、一つだけ違うところがあるの。それは、表現かな。」
「え?」
「光治くん、あなたの悩み、今すぐにでも解決するわよ。まぁ、解決とは言えないかしら。でも、半分は片づくわ。」
「ホ、ホントですか?」
「ええ。光治くんにはね、実体がないの。だから、影が出来ないの。影が出来るために必要なものは、実体、それを照らす光、そして影を映す場所。そのうち、あなたには実体がないのよ。つまり、あなた自身がないってことよ。」
「...?」
どういうこと? オレはここにいるけど...。
「ぁ〜あ、保崎さんの気持ち、ちょっとわかっちゃうかな。私も、解決してあげるのやめようかしら。」
「そ、そんなぁ。」
「ふふっ、自分で見つけなさい。このまま北へ行くの。そうすれば、必ず見つかる。私と保崎さんが保証するのよ。間違いないわ。」
「は、はぁ...。」
「私、次で降りなくちゃいけないの。ガンバってね。応援しているから。ちょっと、他人事じゃないかもしれないしね。」
「は、はぁ、さようなら...。」
「そうそう、これが私の住所。ごめんなさい、電話番号はないの。まだ回線引いてないから。ど田舎じゃ、携帯も信用できないし。手紙、待ってるからね。それじゃ、さようなら。」
は、はぁ...。さようなら...。
必ず見つかる...か。実体が見つかるのか...。オレが見つかる...。そうなのかな...。
「次は、終点...」
あ、もう終点か。考え込んでいる場合じゃないな。
オレは、少ない荷物を手早くまとめて、駅に降り立った。
さすがに多少は都会だなぁ。
午後5時過ぎ、オレは仙台駅にいた。
ふぅ、そろそろ座っているのにも飽きたし、昼飯抜いたし、この辺でなんか食べようかな...。ここに来るまでに見た景色、あたり一面に延々と広がる緑。それはもう、自分の住んでいるような場所とは別世界だった。ちょっと先行き不安だったけど...。仙台は地方がつくものの都市である。心配する必要もないみたいだな。オレは適当なレストランに入り、軽く夕食を済ませた。
せっかくだし、ちょっと観光をしようかな。
腹一杯になったせいか、なんだか余裕がでてきた。
よぉし、仙台といえば青葉城公園。早速行ってみるか...。
ちょうど日が暮れて間もない頃。
青葉城公園には涼しげな風が吹いていた。
周りの木々が、やたらと綺麗に見える。天高くそびえ立つ城郭は、なんだか、遠くに来たなぁって思わせるものがある。いい景色だな。
ふぁ〜あ、なんだか今日は疲れた...。...ん...。
...。あ、あれ。あぁ。オレはいつのまにやら寝ちゃったのか。今何時だろう...。午前3時。いくら夏の青葉城公園といえども、人影はほとんど見あたらない。僅かに、数組のカップルが点在している。その姿を、闇に隠すかのように...。今から駅に歩いていくと、ちょうど始発くらいだろうか。
駅に行ってちょっと驚いた。始発まで当分ある。ここから北へと向かう電車のうち、青森の方まで行くような路線は、さほど本数がでていない。予想外に始発は遅い。まぁ、いっか。昨日寝ちゃった分、観光でもしようかな...。
僅かに明るいが、まだ夢見心地の街を歩く。はぁ〜あ、オレ、こんな所で何してるんだろ。足りないもの、実体、か...。そんなもの、見つかるのか。オレにはわからないよ...。なんで教えてくれなかったんだよ、あのお姉さん。オレにはわからないんだよ...。
そうこう考え歩いているうちに、道の突き当たりに来た。目の前に大きな建物がある。なになに、...小学校か。何年ぶりかなぁ、小学校の前に立つなんて。そうだ、入ってみちゃおうか。もう夏休みだし、大体こんな時間に誰かいるわけないよな。
初めて入るのに、初めての気がしない。そういえば、オレの通っていた小学校もこんなだったな...。確か、オレが最後にいた教室は...。ちょうどこのあたりか。
-- ガラっ...
薄明かりの中に教室がぼーっと浮かぶ。誰もいない教室。
いろいろあったな...。最後の教室でやったことか...。最後の年か...。修学旅行の班編制でもめたのを思い出すなぁ。あのときは、大変な騒ぎで、担任の先生も泣きそうだったっけ。そのあと、結局どうなったんだっけかなぁ。体育祭、オレのせいで総合優勝をとりのがしたんだよ。あのあと、どれだけ言われたことか...。卒業式の歌の練習なんかもしたっけ。なんで卒業式に練習までして歌うんだか。良くわからないよなぁ。ま、どれも良い思い出かな...。
あっ、日の出だ。
明るい光が射し込む。夕日とは似ていても感じの違う光。
そうだ、もうすぐ電車も出る。乗り遅れたら数時間待たされるな。さぁ、急がなくちゃ。
駅に着くと、目的の電車はもうホームで待っていた。
まずい、ここで乗り損なうわけにはいかない。慌てて飛び乗るオレ。
ふぅ、間に合った。
さほど混んでいないだろうと思ったのだが、駅を追うごとに人が乗ってくる。やはり、通勤時間帯ということがあるのだろうか。
そのとき、目の前で一人の男性が、私を見た。
「構いませんよ、どうぞ。」
やっぱり、向かいの席に座って良いか、を聞きたかったみたい。オレがすすめると、嬉しそうに座った。結構若い人だ。学生かもしれない、予備校生とか、大学生かな。
「どうもどうも。ありがとうございます。」
「いえ、そんなこと。」
「最近、朝が辛くって。夏になると夜眠れないじゃないですか。それで、朝から立っているとどうも目眩が...。」
「何となくわかります、その気持ち。」
「あなたは、旅行か何かで?」
「ええ。どうしてわかったんですか?」
こう答えるしかない。でも、なんだか今日はそういう気分だ。
昨日だったら、ハッキリとは言えなかったかもしれない答え。でも今日は、なぜだか言える。
「こんな時間に、こんな電車に乗る若い男は普通いませんよ。」
「そうでもないみたいですけど?」
「あぁ、私? 大学生なんですよ。研究室に用があって。中学生や高校生は夏休みだから、普通乗らないんですよ。」
「そうですよね。私も、夏休みでこんな所にいるんです。」
「東京の方?」
「ええ。東京に住んでいます。」
「東京方面からこちらへいらっしゃる方は多いですよね。なんだか、緑がたくさんあって涼しいとか言って。まぁ、東京に比べればそうでしょうが、仙台じゃ都会だと思うんですけどねぇ。」
「それじゃぁ、どの辺がおすすめです?」
「そうだなぁ、大きな駅と駅の間なんかはかなり田舎なんですけど...。交通の便が悪いって避けられちゃうんですよね。結局、そういうところでの移動手段といえば、徒歩しかありませんし。あ、そうそう、今日のご予定は?」
「一日がら空きです。」
「そうですか、せっかくですから、青森の方まで行ってみては? この路線の終点です。青森近くの中途半端な駅で降りれば、いい景色が見られますよ。」
「そうですか。それじゃぁ、そうしてみます。」
「ええ。おすすめです。じゃぁ、私はここで。」
「ありがとうございました。」
「いえいえ、良い目覚ましになりましたよ。」
結局、さっきの男の人のおすすめ通り、青森の方まで行ってみることにした。
何か、今日はやたらと楽しい。昨日は悩んでばかりだったのに。もちろん、今日、今だって、わからないことがあるし、悩んでいる。でも、楽しい。なんでかな。
午後3時。
普段見慣れぬ景色を見ているうちに、不思議と時間は過ぎていった。
そうこうするうちに、何度か乗り換えると、そろそろ青森。
腹も減ったし、この辺で降りてみるかなぁ。
と、降りてみて驚き。
あのぉ、駅前には何もないのでしょうか?
せめて、バスとか、タクシーのターミナルは...?
言われたとおりだ。まぁ、良い。なんだか今日は気分が軽い。つい歩きたくもなる。それ、このまま歩いてやれ。
あてもなく、ひたすら歩くオレ。
オレと競うかのように、ひたすら続く道。
ここまでにすれ違ったのは、農家のおじさんやおばさん数人、それに僅かな子供たち。
あ〜ぁ、こんな所にいると、もうなんでも良いか、なんて思っちゃうよね。
歩いても歩いても続く緑。
傾く様子など見せない太陽。
真っ青な空、真っ白な雲。
誰もいない農道。
北に行けば見つかる、かぁ。
オレは、その場に横になって、空を見る。
綺麗だな。
何が見つかるんだよ、教えてくれ、真っ白な雲。
教えてくれ、緑に輝く山。
教えてくれ、楽しそうに遊ぶ小鳥たち。
教えてくれ、そこの少女...。.
...ん? 少女? 間違いない、遠くに少女の姿が一つ。農道のずっと向こうの遠くに。イヤ、正確には、少女じゃないかもしれない。こんな遠くではわかるわけもないんだが...。えっ? 倒れた? まさかぁ、ねぇ。まさか...。
気がつくと、息を切らして走っていた。
少女は目の前で横たわっている。
明らかに、倒れたという感じだ。
っえ、倒れた、どうすれば、何をするんだ、あ、んぁ。そ、そうだ、とりあえず息があるかだよな。そ、そうだよ。大丈夫、息はしている。しているよな、生きてる、大丈夫だよ。死ぬわけないだろ、歩いていたんだから。え、でも、倒れたし。あぁ〜、なんなんだよぉ。ダメだ、これじゃ何もできない。とりあえず...。そうだ、落ち着け。落ち着け。まずは...脈はどうなんだ? まだある。イヤ、息があるんだから当然だろ。
「ねぇ、君。ちょっと、おい、大丈夫なの? 答えてくれよ、頼むよ...。」
軽く頬を叩いてみる。さっぱり反応がない。あ、どうする、あぁ〜。どうしよう、そうだ、救急車...。
カバンの中から携帯を取り出すと、電源を入れて119番を押した。...はず。あれ、どういうこと?
「...ど田舎じゃ、携帯も信用できないし...」
しまった。ここは...。まさか。
ディスプレイを確認する。見事にアンテナの姿がない。圏外だ。
どうしたら良いんだ。おぶっていくか? イヤ、動かすのは危険だ。じゃぁ、このまま...。まずい、それは。ならば、走ってやる。近くの民家まで。
カバンの中から手帳をとりだし、メモを書いた。
この子がここで倒れている理由。どうせ役にも立たない携帯の番号。そして、オレの名前。メモを女の子の胸に安全ピンで留める。必ず戻ってくるから。静かに待っててくれよ...。
もともと運動の苦手なオレだ。良く走れたと思う。息が苦しい。今、間違いなく、消防員が目の前にいる。隣にはあの子がいる。
「ご一緒にお願いします。」
「...はぁ、はい...。」
病院の廊下。ひっそりとした、消毒液のにおいがする空間。その中に、いくつかの悲鳴とも思える声が聞こえる。あの子は大丈夫だったのだろうか...。
「あの...、あなたが、芽衣を...?」
「っあ、はい。で、あの子は...。」
「心配しないでください。軽い日射病みたいなものだそうです。...それにしても、本当にありがとうございました。」
目元をはらし、私の前で頭を下げる女性。
間違いなく、あの女の子の母親だろう...。
「そうですか、大丈夫なんですね...。」
そっか、良かったな...。
もう、倒れたりしないでくれよ...。
「...あのぉ...、もし良ければ、芽衣に会ってくれませんか...。」
「...はい。構いませんよ。」
ゆっくりと病室のドアを開ける。
「相笠、かぁ?」
えっ? 誰だ、突然オレの名前を呼んだのは...。
ふと振り返る。すると...。
「やぁっぱりそうだ。こんな所で何やってんだよ、あんた。」
「え、そ、それは...。」
「ま、どうでもいいけどさ。ふふっ、あんたも、泣いたりするんだ。」
「えっ?」
手を目元に当てる。あ、泣いてる...。オレが泣いてる...。
「ふぅん、普段怒ることさえもないあんたがねぇ。いいもの見たかもな。」
「...そう...なのか...。」
「ま、いいや。早く、病室に用があるんだろ?」
「あ、あぁ...。」
背中を押されて病室にはいると、さっきの女の子がいた。
もう、元気なのかな、笑っている。
「お兄ちゃん、ありがとっ。」
「あ、あぁ、どういたしまして。」
「お兄ちゃん、変なの。泣きながら笑ってるよ?」
「えっ? そ、そう。変だね、オレ...。」
松原芽衣、というそうだ、この子は。
芽衣ちゃんの母親から一通りの説明とお礼を受けて、オレは病室を出た。
一緒に夕食でも、という話にもなったが、何となく受ける気にはなれず、丁寧にお断りした。
「どうしたんだよ、あんた。」
ドアを開き病室から出ると、すぐ横から声がした。
さっき声をかけてきた河田瑞絵さん。クラスメイト。
でも、なんで河田さんがこんな所に...。
「ったく、うちのじいさんが死にそうって言うんできてみたら、あたしの代わりにあんたが泣いているんだから。そりゃ驚いたって。あんた、なんでこんな所にいるんだよ。」
「...、オレさぁ...。」
ここまでのことを話した。夢のことから、芽衣ちゃんが倒れ、ここに来るまでを。
不思議とすんなり話せた。何もかもが。
特別話そうと意識をしなくても、言葉がでてきた。
河田さんは、妙な目つきでオレを見ていた。
「あんたって、そうだったのかぁ。ふふっ、でもよかったな。足りないものが何か、わかったんだろ?」
「えっ?」
「ばっかだなぁ、あんた。2人がお前に教えなかった理由、わかる気がするな。あたしだって『教えない』って言いたい気分になるもん。」
「...?」
「なぁに不思議そうな顔をしてるんだよ。」
えっ? そんなに不思議そうな顔をしてる...?
「足りないのは、あんた自身だろ。結局、普段のあんたは演技にしか過ぎないってことさ。なんか、凄くありふれた言葉でイヤなんだけど。ホントのあんたじゃないんだよ。だからだろうな、何となく、晴れない感じが残るのは。人間、何があっても、自分自身がしっかりしていなくちゃダメなんだよ。...なんてな。」
「...そっか...。」
「おい、もう悩むなよ。あたしだって、昔あったよ。そういうときが。いつも笑顔でいれば、いつも良い子でいればいいんだって思ったことが。でも、ハズレだったみたいでさ。怒られたりしても、周りから冷たい目で見られたとしても、楽しいことがあるんだよ。良い子でいたときは、イヤなことがない代わり、楽しいこともなかったからなぁ。ほら、もう泣くなよ、男だろ? だから2人も女を逃がすんだよ。」
「ちょっと、それはないんじゃ...。逃がすだなんて...。」
「よぉし、元気になったじゃねぇかよ。そら、とっとと帰れ。」
「河田さんは?」
「あんたの誘いに乗るほど暇じゃないの。じいさんがもうじき死ぬから、そばにいないとまずいんだよ。一応なっ。」
「別に誘ったわけじゃ...。」
「んだとぉ? 美人の前では余計なことを言わない。演技っていうものは、こういうところでするもんなんだよ。ま、いっか。じゃぁな〜。」
すっかり日が暮れた。
ひやりと冷たい夜風、東京とは違う。
その夜風に吹かれながら、駅に向かって歩く。
そうかもしれないな。楽しかったのかもな...。
知らずのうちに、オレはその答えを見つけていたのかもしれない。
この、小さく長い、旅の中で。気付かなかっただけなのかもな。
駅に着くと、電車がきていた。終点、青森行き。
ははは、まぁ、ここまできたんだ。最後に、本州の最北端でも見てやるさ。津軽海峡を見てやるさ。観光でもなんでも行ってやるさ。それ、乗ってやれ。
オレの旅は、一つの終着を迎えようとしている。
ただ、それは始発でもある。終わりの次は始まり。さよならの次ははじめまして。普段はどうも思わないことだが、今はそうだなって思える。
「終点、青森...」
オレは駅に降りる。
新しい荷物を重そうに抱えて。
そして、駅の灯りが照らし出した、自分の影を見つめて。
あとがきに続く。