Virtual Romance
















重圧につぶれまいとする勝気な瞳を、気に入らないはずがなかった。
気に入ったら手を出さずにいられないのは性分で。
相手がこちらに興味があるともなれば尚更、声をかけるのは礼儀ってもので。

「キミ、聖ルドルフの観月くん…だよね」

相手が同性だってことは分かっていたけれど、女のコに声かける時と同じ営業用スマイルで近づくと、彼は整った作りの顔を歪めてみせた。

「千石くん? 山吹中の…」
突然声を掛けられた相手が誰であるのかが謎だったわけではないようだ。
とすれば問題は声をかけられた内容の方を訝しんでいるのだろう。
お互いに今まで逢ったことも話した事もない関係だったのだから、それはまあ当然の反応だった。
「おっと、知っててもらえたとは光栄だなぁ」
自分にある程度知名度があるという自覚はあったが、過度な自惚れを抱いていられるほど暢気な性格はしていない千石だ。
「知ってますよ、Jr選抜の千石くんでしょう」
興味ないですけど、そんな感じで吐き捨てる観月にはまだ手ごたえを感じない。
もっとこちらへ興味を向けなければ目的は達することが出来ないだろうと計算が働く。
「それより何か用ですか」
相手の機嫌がよくないらしいことは、その口調と表情で解った。
それでもちゃんと会話の相手をしてくれる辺り、彼はまだ人並みの社交性とコミュニケーション能力を身に付けていて、人脈と情報を重宝する性格が伺える。
付け入るとすれば其処だろう。
「残念だったね」
都大会2日目が終了し、あの氷帝学園が5位通過という波乱含みの大会は先ほどその閉会が宣言されたところだ。
惜しくも6位に終わり関東への道を絶たれた聖ルドルフ学院の美麗なマネージャー兼プレイヤーに目をつけたのも、その時。
「余計なお世話です」
口先ばかりで誠意のこもらない慰めを、観月は一蹴する。
頭にきたのか、千石に背を向けて歩き出した観月を追って横に並んだ。
「まあ、おれだって跡部くんには勝てるかどうか五分五分だし」
試合は見ていなかったけれど、オーダーはちょこまか動くちびっちょいマネージャの偵察のお陰で知っていた。
試合展開を予測するに、S2も対戦しているだろうと思ったのだ。
「随分自信家な発言ですね」
そしてその予測は的を得ていたようで、観月の表情が険しくなる。
棘を含んだ言葉が飛んでくるのを、柔らかく受け流した。
「実力が伴っていれば過剰じゃないでしょ?」
にこにこと笑いかける千石を、大きな瞳が視線をきつくして睨みつけてくる。
「…喧嘩売りにきたんですか? だったら僕じゃなくて他のメンバーにした方がいい。喧嘩っ早いの紹介しましょうか」
口調は静かだし口元には笑みさえ浮かんでいたけれど、怒りを表していることは容易に読み取れる。
ポーカーフェイスを気を付けている割には、心情の読み易い素直な性格だなと思った。
それとも態とだろうか。
怒らせたことを悟って退散してくれたらいいって?
「いやいやいや、おれは平和主義だからね」
夕日が落ちかけている。
辺りはもうすぐ闇に包まれるだろう。
千石はくすりと笑いを漏らす。
聞きとがめた観月が、ムッとして歩みを止めた。
「じゃあなんですか」
僅かに背の低い観月が、数歩先へ進んで振り返った千石を見上げている。
その艶を含んだきつい眼差しで。

一刹那の間この場に降りた沈黙は、とても甘やかでエロティックに感じた。

もうこの衝動を止められるような気分じゃなかった。
目の前の獲物を絶対に手に入れてやる、と決意させるだけに足るビジョン。

切り取られた退廃的なオレンジ色の風景の中、際立って過激に色香を振り撒く、漆黒の瞳。



「たまったストレスの解消法は暴力だけじゃないと思うんですケド」

我慢し切れなくて駆け引きを止めた千石は、下卑た笑いを隠そうともせずに観月に顔を近づける。
「…は? なにを仰っているのか解りかねますが?」
あからさまに眉を顰めた観月は、発言の意味を悟りながらも拒絶を込めて混ぜっ返した。
「噂で聞いたんだけどさ、ルドルフの前のコーチ、部員にセクハラして首になったんだって?」
「どこから出たんですか、そんな噂」
観月の瞳は静かだった。
先ほどまでの心理戦で折角引き出した怒りの感情も、すでに奥底にしまわれてしまったらしい。
しかし、結果的に彼を手に入れることが出来るのなら過程はどうでもいいのだ。
少しでも早く、彼がこの手に落ちる方法を選択しただけ。
たとえ少々乱暴でリスクの高い賭けであっても。
「んー…おれが聞いたのは某ミッション系女子校の女のコから」
平たく言うとルドルフの女子部の子からなのだが、さほど重要な情報ではないのは、観月がソースを深く突っ込んでくることはなかったことにも確かだ。
「それで」
今の千石の発言からは、セクハラ騒動が女子部で起こったのか、それとも男子部での騒ぎだったのかには触れていない。
話題転換の唐突さだけが、発言の意図を語っていた。
「でもよかったよね。ヤな奴だったんでしょ、そのコーチって」
にこり、と笑っていうと、観月は眉間に皺を寄せ、止めていた足を再び動かし始める。
同時にそれまで沈黙していた時間が流れ出したのを感じた。
夜は急激に背後から迫ってくる。
「僕の個人的意見を聞いてどうするんですか」
暗く翳ってすぐ横にいるはずの相手の輪郭がぼんやりと融けだしていく。
色の白い観月の肌は、不思議な透明感をもって千石の目を惹きつけた。
「回りくどいの嫌い? おかしいな。おれの集めた情報だと直情的な表現しか出来ないバカは嫌いだって話なんだけど…?」

なんてね。
さっきの会場で観月くんと学校の誰かが話してるの聞いただけなんだけど。

ふう、と淡く色づいた唇から吐息が洩れる。
「…ひょっとして、口説いてます?」

お、認めてくれたってことは、諦めたのかな?

「ひょっとしなくても口説いてるんだけど」
雰囲気が柔らかくなったのを感じて、千石はラケットケースを担いでいるのとは逆の肩に手を回した。
「他を当たってください」
だが非情な言葉と共にその手は振り払われる。
それも予想の範囲内。
ちゃんと対策は立ててある。

「でもさぁ、観月くん、おれに興味あるでしょ」

「…」

「さっきの試合見てたよね。見られてるの分かったから勝ちたかったんだけど、負けちゃった。負けたら興味失せた?」

青春学園との決勝戦での話。
コンソレーションはすでに試合結果が出たのか、D1の終わり辺りからギャラリーがどっと増えた。
観月もその中にいたのは癖になったギャラリー観察のせいで知っていたが、それほどの興味は持っていなかった。

意識しだしたのは閉会式の途中から。
あんまり綺麗で、その思いつめたような漆黒の瞳に魅せられて。
穴が開くほど見つめていたら、視線に気が付いた彼に睨みつけられたことで、試合中ずっと感じていた視線の主と同一人物だと確信した。
「見ていたのはデータ収集のためです。他意はありません」
一挙手一投足を計ろうとする冷徹な観察の目、にさらされることには、Jr選抜という肩書きのお陰で慣れている。
もちろん、観察眼とそれ以外の思惟のこもった視線を感じ分けることにも。
「最初はそうだったね。でも途中から忘れてたでしょ。…そうだな、おれが追いつかれてきた辺りから?」
先ほどの穴だらけの鉄面皮とは違って、今の観月の能面のような整い過ぎた表情からは、なんの感情も読み取れなかった。
「それこそ自意識過剰です」
言葉に込められるのは皮肉でも傷つけるための棘でもなく、無関心の拒絶。
「ところが結構自信あんだよね。おれってそういうカンかなりよくってさ」

観月のデータにも入っただろうこの目は、実際、見え過ぎるくらいに見える。
外見に表れるどんな小さな変化も見逃さず、隠されようとしている心情を掬い取れた。
それ故各人が無意識に零す好意や劣情にも敏感で。
よく周囲が噂するように、千石が相当の色好みだというのは否定できないが、誰しも心の中では様々の妄想を抱くものである。
けして表には出さない欲望さえも千石の瞳には映ってしまうから、自制が効かなくなるのだ。

「残念ですけど、はずれていますよ」

一瞬だけかすかに観月の口元に浮かんだ微笑に強く惹きつけられる。

ぞくり、と背筋を欲の衝動が駆け上った。

「観月くんって怒り方2パターンあるよね。カーッて頭にきちゃうときと、静かに怒るとき。後の方がむちゃくちゃ恐いね、宥め方わかんなくって」

纏う空気が排他的で、切れそうに冷たくて。
その冴え冴えとした侮蔑の視線が、現実には見上げられているのに、どこまでも見下げたように、睨むでもなく投げ出される。

「だったら消えてください」

最後通告のようだった。
これ以上の接触は良い結果を生まないと判断し、今日のところは引くことにする。
もちろん、彼を諦めたわけではない。
必ず、しかも出来るだけ早く手に入れるためにだ。
こんな時のために用意しておいた、名前と携帯電話の番号をメモした紙を、観月に強引に握らせる。
捨てることはしないだろうという確信があった。
「またね。頭冷えたら連絡して。悪い話じゃないと思うよ?」
ぴたりと足を止めた千石に、釣られて立ち止まることも振り返ることもしなかった観月は、とどめのつもりの言葉だけを置いていった。

「さよなら」

闇に消える背中を目で追いながら、千石はくすりと頬を緩める。

それって絶対連絡しないってこと?
無理だね。
キミはおれを頼るよ。
絶対。

















スイッチひとつではじめられる手軽な関係。
しかも終わりさえ簡単。
気に入らなかったり、ちょっとでも退屈したなら、TVのチャンネルを変えるように切り替えてしまえばいい。


ひとりでいたくないときだけふたりになれて
わずらわしくなれば存在を消滅させてしまえ


こんな便利な関係を、なんと名づければいいんだろう?






するり、と肩をシャツが滑っていった。
「えー? セフレでいいんじゃない?」
自分が脱がせるんだ、といってきかないこの男は、ひどくあっさりとこの関係を現実のものにする。
時たま幼児返りかと疑いたくなるような我侭をするくせに、素面のときは冷淡なほどクール。
「あなたと友人になったつもりはないんですけどね」
溜息交じりの観月の台詞を鼻で笑い、もっと割りきろーよ、なんて底抜けに明るい笑顔になる。
千石の考えていることが読めないのはいつものことだが、思惑を計れないまま他人と付き合うことに、観月は少しの恐怖さえ感じていた。
「擬似恋愛ってとこだよね。ほら、現実はわずらわしーからさ」
自分ばかりが不安で後ろめたくていること。
それを知られるのは、弱みを握られたも同然だ。
「あなたはそれで満足なんですか?」
虚勢を張ってなんでもないフリはしているが、なぜか感情の機微に聡い千石には、案外すでにバレているのかもしれない。
だったらなぜ自分は、この危険な男と手を切らずに、いつまでも関係を続けているのだろうか。
「おれ? うん、適当に満足v」

その曖昧さに。
腰を落ち着けていられない存在の不安定さに、どうして妥協できるのだろうか。
付き合っていく時間が長くなるほど、千石という存在は未知になる。

「観月くんは?」

懐疑と不安の混沌に飲み込まれそうで、怖い。
いつのまにか未知の存在であるところの気分屋に、支えられ依存している自分が信じられなくて。

悪戯っぽく顔を覗き込んでくる濃茶の瞳は、人懐こい小動物を連想させて、可愛いと思う。
だけど彼は一思いに獲物を食い殺せる牙を隠してもいる。
千石の気分1つで大きく左右される感情を、自ら他人に植付け摘み取ることを遊戯とするような、陰険で性質の悪い欲望。

「ぼくは…」
観月が答えあぐねているうちに、興味を失って質問したことさえ忘れた千石は、身体の方を求めてベッドに押し倒した。
スプリングが軋んで悲鳴をあげる。
不安しか掻き立てない唇が降りてきて、観月の口をふさいだ。











擬似恋愛、という言葉は、愛情の欠片さえないこの関係から遠いようでいて的を得ているのかもしれない。
行為だけ考えれば、千石は優しかったしこちらを愉しませるのも上手くて、気遣われているのはひしひしと感じた。
愛されている感覚を錯覚し、愛し返しているような錯覚を覚えることもある。
この関係が錯覚だと自覚している間は、なんの問題もないだろう。
どんなにゲームに夢中になっても、スイッチを消せば現実に立ち返り、主人公として楽しんだ冒険を夢と割り切ることが出来れば。
怖いのは、夢と現実を取り違えてしまうこと。
現実から一時の間逃げるつもりで開いた世界に、閉じこもり外へと孵りたくなくなってしまったら。


帰らなければならない現実が確かにあるのに。















暗闇を蠢く白い肌。
「あ…、っ、千石……っ」
柔らかに波打つしなやかな筋肉にくちづけて、その瑞々しさを愛でる。
おどけて口には出さなかったけれど、千石は実際に観月のことが好きだという自覚があった。
けれどその「好き」は、自分の理想であるところの幻影に対する愛情なのだ。
「ん……ぁ…」

無意識に醸し出される色香が。

「観月くん…?」

拒絶しつつも結果的に思い通りになる身体が。

「平気、です……から…っ」

1人の人間としてではなく、都合のいい人形として。

観月の容姿が芸術家の力の入った作品のように美しかったのもひとつの原因だろう。
こんなに、長く続く関係である予定はなかった。
あの時のうらぶれた感情をやり過ごすため、適当に遊んで、別れて、それきりのつもりだった。

再び逢うことを約束した時から、なにかが壊れ始めてしまった。

「挿れてもいい?」
荒い呼吸に激しく上下する胸を撫でながらお伺いを立てると、観月は僅かに首を縦に振った。
高まった熱で容易に赤く色づいた太股に指を這わせれば、適度に鍛えられた筋肉の質感。
見た目も実際も細くスポーツをしている様には見えないことを気にして、観月がどんなにトレーニングしても中々筋力がつかない、と嘆いていたことを思い出し、ふと口元を緩めた。
「せん、ごく…?」
微笑に気付いた観月が、欲に潤んだ黒目がちの瞳で見上げてくる。
千石の特別性の目でなくともはっきり分かる艶めいた表情に理性が狂った。
「ん、いくよ」
膝が胸につくほどに脚を抱え、期待に震える欲望を最奥の窄みにあてがう。
「…っぁ」






この瞬間にいつも感じる、甘美で陶然とした官能に似た・・・孤独。







ほしいと思った気持ちに嘘はない。
でもそこには人間が介在していなかった。
ふたりでいるのに、
重ね合わせた身体があるのに、
孤独な自慰行為を続けている。




僕等の関係はどこまでも平行線。
交わる点のない空虚な空間を、自分の中に写し撮った鏡像が満たす。



絶対に食い違ったりすれ違ったりしないのは
最初からぶつかりあってもいないから



君は鏡の中に写った僕自身。











規則正しい寝息を聞きながら、汗で額に張り付いた前髪をそっと撫でてやる。
すでに先ほどまでの熱は彼の身体から引いていた。
1人ベッドに上半身を起こして、千石はほっと溜息をつく。
満足かって聞いたよね。
多分ね、満足していた方がいいんだよ。
これが居心地の良すぎる夢だって。
分かってるよ? 君の不安くらい。
全然全く本気になりかけてないなんて、おれも言えないから。
でも、分かんないままの方がきっとお互いのためじゃん。
いつかサヨナラする日が来るんだから。



いつでもどこでも、スイッチをオフに出来る心構えとか。

妙な期待をしてしまわないように。

このまま 分かり合えたまま 綺麗な思い出のままでいたい

それがお互いのためだって。

僕はその僕の吐いた嘘に守られながら、身を焦がす。

心が焼けるほど求めている なにか があることに目を背けて

君なんか愛してないと。

嘘を吐く。



















TOM様、20000HIT申告&リクエスト有難うございました!
前回の赤澤観月のエロがあまりに不発だったので、今回こそ頑張ろうと思っていたのですが・・・どうでしたでしょうかっ?(汗)
…すみません。もっと精進して出直して来たいです。
ナニが裏かっていったらこの痛さ加減だとでもいうな仕上がりでした(汗)
コレに懲りずにまた宜しくお付き合いいただければ嬉しいです。

向坂・F・葵 拝








お礼★
 エイプリルフールに騙されながらもGETした20000Hitで頂いた千観SSです。
 葵さんの文章はTOM子大好きなので貰ったときいつも「いいだろう!ザマーミロだ!へっへ〜!」
 と自慢したくて仕方ないです(^^)
 個人的趣味が裏使用なので裏で頼んでしまうTOM子を許して下さい。
 表も裏も愛しています(><)こちらこそ見捨てないで下さい(命がけ)
 有難う御座いました。

 2002.04.04 TOM





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